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秋の鎌倉五山を行く

秋深まる一日、鎌倉五山とその周辺の史跡めぐりを楽しみます。

北鎌倉エリアの円覚寺、浄智寺、建長寺をめぐった後、亀ヶ谷切通しを通って扇ヶ谷の寿福寺をお参りし、最後に浄妙寺をめざします。途中、お昼休憩では精進料理をいただくことにします。

建長寺塔頭の龍峰院

(写真:建長寺塔頭の龍峰院の紅葉)

リンク先は、今日、歩くコースの地図です。
鎌倉五山めぐり地図

鎌倉に紅葉が訪れるのは遅く、多くの場所で、だいたい11月下旬から12月上旬ごろが見頃となります。とはいっても、最近は異常気象の影響か、花の咲く時期や紅葉の時期も予測するのが難しいです。

鎌倉五山第二位円覚寺

-紅葉の美しい北鎌倉の大寺-

秋の五山めぐり、最初のお寺は円覚寺です。円覚寺はJR横須賀線の北鎌倉駅のすぐそばにある、とても大きなお寺です。

境内に入る前に、総門のところに来たら、ちょっと後ろを振り返ってみてください。横須賀線の踏切があって、その向こうに池が見えますね。白鷺池(びゃくろち)といいます。

この白鷺池や、その向こうの県道(鎌倉街道)のあたりまでが、実は円覚寺の境内です。つまり線路は、お寺の境内を突っ切るような形で通っているということになります。

明治22年に横須賀線が開通しましたが、当時は富国強兵の時代。お寺の景観を守るよりも経済が優先されてしまった結果、このようになりました。一度破壊された景観は、二度と元には戻りませんから、我々も気をつけなければなりません。

円覚寺 総門前の紅葉

(写真:円覚寺 総門前の紅葉)

さて、総門をくぐり拝観料を払います。

お寺、特に禅寺というのは、境内に一歩足を踏み入れると、外界とは空気が異なり、背筋が伸びるような気持ちになります。

正面に石段が見えますが、その上の杉木立に囲まれるように立っているのが、山門です。数ある鎌倉のお寺の門の中でも、この円覚寺の、いかにも禅寺にふさわしい門が私は一番好きです。

ちなみに「山門」は、「三門」と書く場合があります。これは、多くのガイドブックにも書いてあることですが、「三解脱門(さんげだつもん)」の略で、涅槃(悟り)に至るために通過せねばならない三つの関門(空・無相・無顧)を象徴しているのだそうです。

円覚寺山門

(写真:円覚寺山門)

円覚寺境内は、夏目漱石の「門」、川端康成の「千羽鶴」などの小説に登場しています。

漱石は、明治27年、円覚寺塔頭(たっちゅう)のひとつ帰源院に止宿、参禅しました。後に、この時の体験を活かして書いたのが小説「門」です。

円覚寺の境内で、紅葉の見所としておすすめなのは、山門をくぐって、すぐ左手に見える茅葺き屋根の「選仏場」のあたりと、選仏場の前を奥に進むと左手に見えてくる妙香池あたりです。

「選仏場」と紅葉

(写真:「選仏場」と紅葉)

選仏場は、座禅道場として元禄12(1699)年に建てられた建物。茅葺屋根が紅葉を一層ひきたてます。

妙香池と紅葉

(写真:妙香池と紅葉)

また、妙香池周辺は、紅、黄、さまざまな色の織りなす美は、この世に現出した極楽浄土のよう。水面に映る紅葉が、また格別です。

鎌倉五山第四位浄智寺

-鎌倉らしい鄙びた古寺の風情が味わえる寺-

円覚寺を後にして、横須賀線の踏切を渡り、鎌倉街道を左に進みます。すぐに右手に「縁切寺」「駆込み寺」として知られる東慶寺の山門が見えます。

もう少し進むと、右手に、今となっては都会ではめずらしい円筒形のポストが設置されており、ここを右折して少し歩くと鎌倉五山第四位浄智寺の入口に到着します。

浄智寺の総門の扁額

(写真:浄智寺の総門の扁額)

浄智寺の総門に掲げられている扁額の「宝所在近」は、「悟りの境地は意外と近くにあるのだから、つらい修行でもくじけずにがんばりなさい」というような意味らしいです。私たちの生活に置き換えていうなら、「幸せは意外と近くにあるかも」くらいの感じでしょうか。

浄智寺は、鎌倉らしい鄙びた古寺の風情が味わえる寺ですが紅葉はありませんので、今日は境内には入らず、先に進みたいと思います。

鎌倉五山第一位建長寺

-鎌倉で一番大きなお寺で紅葉を味わう-

さて、鎌倉街道まで戻り、踏切を渡り、10分程行くと、左手に建長寺の外門が姿を見せます。

建長寺は、日本初の本格的な純粋禅の道場で、開基は五代執権・北条時頼です。既成の宗教勢力を牽制し、鎌倉幕府の体制を磐石なものとするうえで、宋から新しく伝来した禅宗寺院の建立は悲願だったのでしょう。

さあ、では建長寺の紅葉をご覧ください。

建長寺の紅葉

建長寺の紅葉

(写真:建長寺の紅葉)

建長寺の境内はとても広いですが、紅葉は境内奥の半僧坊(はんそうぼう)に至る道、半僧坊道のあたりに集中しています。

半僧坊は、明治時代に静岡の方広寺(奥山半僧坊)から建長寺の鎮守として勧請したもので、無数の烏天狗たちが周囲を守っています。

半僧坊は、山の中腹あたりにおまつりされていますが、さらにここから石段を登っていくと、天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)の「勝上けん展望台」にたどり着きます。

展望台からは、秋色に染まる建長寺の境内と壮大な伽藍を一望の下に見ることができるので、時間があればぜひ登ってみてください。

半僧坊境内の烏天狗の像

(写真:半僧坊境内の烏天狗の像)

休憩 精進料理をいただく

ちょっと、歩き疲れてきましたので、お昼ご飯の休憩にしましょう。

せっかく鎌倉を歩いてるのだから、お昼も鎌倉らしいものをいただきたいですよね。

建長寺の門前に会席料理と精進料理の専門店「鎌倉 鉢の木」というお店のカフェがあるので、今日はそちらに行くことにします。カフェのメニューは、和食ランチ「北条」(1,800円:税込)ほか一品料理、喫茶に甘味など。

「鎌倉 鉢の木」の精進料理

(写真:「鎌倉 鉢の木」の精進料理)

ところで皆さん、「けんちん汁」って、鎌倉の、しかも建長寺が発祥だってご存じでしたか? こんな話があります。

その昔、建長寺で修行中の小坊主さんが、食事の用意をしているときに誤って豆腐を落とし、せっかくの豆腐がくずれてしまいました。

これを見ていた和尚さんは、「かまわん、かまわん」といって、お鍋の中に入れました。これが、食材を無駄にせずいただく汁料理「けんちん汁(建長汁)」のはじまりだそうです。「鉢の木」でもけんちん汁をを味わえます。

鎌倉五山第三位寿福寺へ

さあ、お腹もいっぱいになったので、午後の散策を開始しましょう。寿福寺を目指します。

今度は、先ほど来た道を少し引き返しますと、左手に長寿寺という小さなお寺があるのですが、このお寺の手前の細い道に入っていきます。

この道は、鎌倉七切通しのひとつ「亀ヶ谷切通し」の道といいます。頼朝の鎌倉入り以前から使われていた古道で、武蔵や上州へと通じる重要な街道でした。

昔のこの道は坂がとても急だったので、坂を登ってきた亀がひっくり返ってしまい、「亀返(かめかえり)坂」ともいわれたという話もあります。

もちろん、今は舗装もされた歩きやすい道になっているので安心してください。

亀ヶ谷切通し

(写真:亀ヶ谷切通し)

しばらくは、両側を崖に挟まれた切通しの道が続きますが、そのうちに両側に住宅が見え始め、いつのまにか道は住宅地の中に。史跡や遺跡のすぐそばまで住宅地の造成が進んでいるのは、狭い鎌倉の住宅事情で仕方がないのかもしれません。

さらに行くと、右手に徳川家ゆかりの薬王寺というお寺があります。春先、参道の桜がとてもきれいなお寺です。そして、その先のT字路の角に、小さなお堂が建っています。「岩船地蔵堂」です。

岩船地蔵堂

(写真:岩船地蔵堂)

岩船地蔵堂は、頼朝の娘・大姫(おおひめ)を供養する地蔵であると伝わります。

大姫は、政略的な理由から幼くして源(木曽)義仲の長子・義高の婚約者にされますが、後、頼朝と義仲が敵対し、実質的な人質である義高は殺されてしまいます。

嘆き悲しむ大姫は以後、病に伏し、わずか20歳で亡くなります。ちなみに義高は大船の常楽寺の裏山、粟船山(あわふねやま)に墓地があります。

地蔵堂の角を右の方に進みますと海蔵寺化粧坂切通しのほうへと通じています。寿福寺へは左の方へと進みます。寿福寺は、赤い門構えの立派なお寺です。

寿福寺

(写真:寿福寺)

頼朝が鎌倉に入る以前、現在、寿福寺が建っている場所には頼朝の父・義朝の館がありました。

鎌倉は、頼朝の代になって、はじめて源家の所領になったと思われがちですが、実はちがいます。平安時代中期以降、まず鎌倉は平氏の所領となり、それがやがて源氏の所領に移り、屋敷も造られていました。

つまり、頼朝が旗上げ後、鎌倉を根拠地としたというのは父祖伝来の地に戻ってきたということなのです。

寿福寺は残念ながら、ふだんは、境内非公開です。門のところでお参りさせていただいて、散策を続けることにしましょう。

鎌倉五山第五位浄妙寺へ

寿福寺から次の浄妙寺までは、少々距離があります。寿福寺の門前に横須賀線の踏切がありますので、ここを渡ります。

ちょっと歩くと左手に「不動茶屋」というお店の看板が見えてくるかと思います。ここにはお不動様がまつられていて、「窟堂(いわやどう)不動」とか「岩窟(がんくつ)不動」と呼ばれています。

そのため、お不動様の前を通るこの道は、「窟堂道(いわやどうみち)」と呼ばれています。

道をさらに進むと、左手に「鎌倉市川喜多映画記念館」が見えてきます。この場所にはもともと、ヨーロッパ映画の輸入を通じて国際的に活躍された故・川喜多長政、かしこご夫妻のお住まいがありました。

現在は取り壊された旧川喜多邸

(写真:現在は取り壊された旧川喜多邸。2004年春撮影)

旧川喜多邸は、上段のゲストハウスと下段の母屋からなり、上段のゲストハウスは、大和の寺巡りの名著「古寺巡礼」の作者として知られる、哲学者・和辻哲郎氏の家を川喜多夫妻が現在地に移築したものでした。

邸内には見事な桜の巨木がありましたが、どうなったのでしょう。記念館の先を左折しますと、鶴岡八幡宮の黒々とした杜が見えてきます。

秋の鶴岡八幡宮境内

(写真:秋の鶴岡八幡宮境内)

かつては、樹齢800年といわれていた大銀杏が、秋ともなれば見事に色づきましたが、2010年3月の強風時に残念ながら倒壊してしまいました。

八幡さまから浄妙寺までは、金沢街道を約1キロ程歩きます。途中、鎌倉最古の寺・杉本観音や、竹寺・報国寺の門前を通り、「浄明寺」バス停(お寺の名前と漢字が異なります)のところで左に入るとお寺の門が見えてきます。

浄妙寺の紅葉

(写真:浄妙寺の紅葉)

浄妙寺の紅葉は煌びやかなものではありませんが、しっとりとして美しいですね。

山一つ隔てた向こうには、紅葉の名所として知られる瑞泉寺があります。晴れていれば、金沢街道をもう少し先まで歩いて、明王院のわきから天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)に入り、瑞泉寺に向かうこともできます。

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