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鎌倉山周遊

今回は、西鎌倉の高台の高級住宅地・鎌倉山を中心に散策してみたいと思います。このあたりは観光エリアではないものの、歴史あるお寺や、高級住宅地ならではの素敵なお店がたくさんあります。

ちなみに、「鎌倉山」というと、そういう名前の山があるような気がしますが、そうではなく、西鎌倉の住宅地一帯の地名です。

今回のコースの地図を掲載しておきます。
鎌倉山周遊地図

青蓮寺(鎖大師)へ

鎌倉山へ向かうには、湘南モノレールか、鎌倉駅からバスを利用することになりますが、今回は湘南モノレールを利用しました。

湘南モノレールは、「大船」駅と「湘南江の島」駅を結ぶ、めずらしい懸垂式モノレールで、西鎌倉エリアの地元の足であるとともに、江ノ島への観光路線としても利用されています。

湘南モノレール

(写真:湘南モノレール)

「西鎌倉」駅を降り立ったら、モノレールに沿って道を歩き、まずは青蓮寺(鎖大師)へ向かいます。駅から大通りを大船方面に向かって歩いて行きましょう。

しばらく行くと、「赤羽」という交差点でモノレールの下をくぐります。

次の信号を過ぎると緩やかな上り坂が始まり、右手に市立西鎌倉小学校をみながら道は右手にカーブして行きます。頂上を過ぎ、下りに入ると、左手に青蓮寺の屋根が見えてきます。

青蓮寺は、平安時代の弘仁10(819)年の創建という古い歴史をもつお寺です。

お寺の名前は、弘法大師(空海)がこの地で修行していたときに天女(江ノ島弁財天)が現れ、天女から仏舎利を授かり、翌朝目を覚ますと池に青色の美しい蓮華の花が咲き揃っていたとの伝説によります。

青蓮寺(鎖大師)本堂

(写真:青蓮寺(鎖大師)本堂)

本尊の弘法大師像(国の重要文化財)が、膝の部分が鎖でつながれ屈伸可能なことから、「鎖大師」と呼ばれるようになりました。本尊は、1月と4月の大祭で開帳されます。

鎌倉山ロータリー

青蓮寺の拝観を終え、先ほどの「赤羽」の交差点までいったん戻ります。

交差点を左折して、またモノレールに沿って歩きます。ここから緩やかな坂が続きます。夏の日差しと蝉時雨の中、汗をふきふき登って行きます。坂の途中で、モノレールは左方向にそれて行きます。

坂を登りきると、右手に「鎌倉山茶房」という喫茶店があり、その向こうに鎌倉山ロータリーの石柱が見えてきました。

鎌倉山ロータリー

(写真:鎌倉山ロータリー)

鎌倉山ロータリーに建つ石柱は、関東大震災で倒壊した鶴岡八幡宮の鳥居を加工して建てたのだそうです。石柱には、「鎌倉山」の文字の他に、「二月十一日 建国記念の日」の文字が刻まれています。

昭和4(1929)年、日本初の有料自動車専用道路が大船・江ノ島間に着工されると、同時にこの鎌倉山ロータリーから常磐口にかけて、地形を活かした丘陵式住宅地が計画され、「鎌倉山住宅地株式会社」が分譲を開始しました。

すると、政財界等の著名人が住宅を購入し、高級住宅地のイメージが広がりました。近衛文麿首相や女優の田中絹代が住んでいたことでも知られます。

なお、『万葉集』に、

薪(たきぎ)伐(こ)る、鎌倉山の、木(こ)垂(だ)る木を、松と汝(な)が言はば、恋(こ)ひつつやあらむ

という歌があります。時々、この「鎌倉山」は現在の鎌倉山と関係あるのかと質問されますが、「鎌倉山住宅地」が開発されたのは昭和になってからの話。

『万葉集』の鎌倉山は別の場所、または鎌倉周辺の山々くらいの意味と考えていただければよいと思います。

鎌倉山散策

鎌倉山ロータリーはT字路になっており、角には、「サン・ルイ島」というフランス菓子屋さんがあります。ここから鎌倉山住宅地の方へ入っていきます。

鎌倉山ロータリーからは、また緩やかな上りとなり、しばらく行くと、右手に歌人・佐々木信綱の文学碑が立っています。そのもう少し先、「住吉」のバス停の手前を左に入って行きましょう。

坂道を上って後ろを振り返ると、どうでしょう! 家々の屋根の向こうに海が広がり、ぽっかりと江ノ島が浮かんでいます。

江ノ島

(写真:江ノ島)

江ノ島が思いのほか大きく見え、少し場所を移動すると、片瀬海岸と江ノ島を結ぶ江ノ島大橋がよく見えるポイントもあります。

この道をさらに奥へ進むと、左手にお屋敷の塀が見えてきますが、これは誰かの邸宅ではなく、有名な「ローストビーフの店 鎌倉山」の本店です。旅館のような門構えのこの建物、かつては別荘として使用されていました。

ローストビーフの店 鎌倉山本店

(写真:ローストビーフの店 鎌倉山本店)

この店のローストビーフは、厳選された最高の日光牛だけを使用。本当に美味しいです。

「住吉」のバス停まで戻って先に進みます。「住吉」の一つ先のバス停が「見晴」。バス停の少し手前のお米屋さんの角から小道を入っていった先に、少し前まで「山椒洞」という懐石料理屋がありました(2007年閉店)。この「山椒洞」こそ、昭和の大女優といわれた田中絹代の屋敷でしたが、惜しくも取り壊されてしまいました(*注1)。

「山椒洞」の近所には、チーズケーキで有名な「ハウス・オブ・フレーバーズ ホルトハウス房子の店」というケーキ屋さんがあります。クッキーなども販売されているので、おみやげにいいかもしれません。

「見晴」のバス停から更に100メートルほど行くと、うっかりすると見過ごしてしまいますが、道の左手に、大変興味深い石碑が立っています。いわゆる「鎌倉山記」の石碑です。

「鎌倉山記」の石碑

(写真:「鎌倉山記」の石碑)

石碑の碑文には、平将門の天慶の乱から鎌倉山に別荘地が切り開かれた昭和の時代までの鎌倉の歴史を回想したうえで、おおよそ次のように記されています。

「ああ、茨(いばら)の地であった土地に(鎌倉幕府が開かれ)大都が湧き出たことを回想すれば、100年の後、この鎌倉山の形勢はどのようだろうと思うと感慨限りない。」

お昼休憩 鎌倉山 らい亭

「鎌倉山記」の石碑を後に200メートル程行くと、右手に見えてくるのが広大な回遊式庭園の散策も楽しめる、そばと会席料理の店「鎌倉山 らい亭」です。「らい」の字は木偏に雷と書きます。ちょうどお昼になりましたので、休憩していきます。

「鎌倉山 らい亭」入口

(写真:「鎌倉山 らい亭」入口)

西御門(にしみかど・鶴岡八幡宮西側の地名)の高松寺が宮城県に移転するに際し、昭和6年に移築した山門が入口。ここで500円を払い敷地に入ります(この500円は、そば代に充当できます)。

「鎌倉山 らい亭」本館

(写真:「鎌倉山 らい亭」本館)

江戸時代に建てられた豪農の屋敷を移築した本館が食事をする場所になっており、短めでこしの強い蕎麦を味わうことができます。

「鎌倉山 らい亭」庭園

(写真:「鎌倉山 らい亭」庭園)

この「らい亭」の広大な敷地も、かつては別荘のひとつでした。所々に茶室や八角堂などの建物が配された、緑豊かな回遊式庭園は自由に散策できます。

散策路の途中には石造の囲碁・将棋盤などがあり、ときどき仙人がやってきては遊んでいるのではないかと想像が膨らみます。

鎌倉山の桜

お腹もいっぱいになったところで、午後の散策を開始しましょう。

ところで、鎌倉山は桜の名所でもあります。鎌倉山ロータリーから歩いてきた道沿いに植えられているのは、すべて桜の木。春のこの道は、散策もドライブもいいですね。

鎌倉山の桜並木

(写真:鎌倉山の桜並木)

しばらく歩いて行くと、右側に昔懐かしい円筒形のポストと「マウンテン」という喫茶店があります。ここから、小道を入っていった先には版画家・棟方志功の作品を展示する「棟方板画美術館」(*注2)があるのですが、残念ながら2010年より休館中です。

2010年に閉館した「棟方板画美術館」

(写真:2010年に閉館した「棟方板画美術館」)

美術館は志功が晩年を過ごしたアトリエの跡地に建っていて、日本のゴッホとも呼ばれた志功のエネルギッシュな作品を展示していました。2010年に休館(事実上の閉館)。所蔵品は青森県の棟方志功記念館に移されています。

夫婦池から梶原の里へ

喫茶店のところから、約200メートル程先に進み、交差点を左折します。目印は酒屋さんです。

この道は、しばらくは両側に家がありますが、坂道を下っていくと、やがて自然に溶け込むかのように周囲が緑に変っていきます。

同時に、まるで真夏のシンフォニーのクライマックスを聴くかのように蝉時雨(せみしぐれ)が一段と大きくなっていきます。そして、気がつくと夫婦池の辺にたどり着いていました。

夫婦池

(写真:2004年当時の夫婦池。現在は、公園としてきれいに整備されています)

夫婦池は、上池・下池が、まるで夫婦が寄り添うかのように仲良く並んでいる2つの池。以前は周りに草が生い茂って、本当に里山の池という感じでしたが、最近、「夫婦池公園」として整備され、きれいになりました。

池から更に300メートルほど行くと、右手の小高い丘のうえに三嶋神社の社殿が建っているのが見えます。このあたりはまだ本当にのどかで山里のような風情があります。

そしてこの一寸先にあるのが笛田の仏行寺(ぶつぎょうじ)です。境内に入ってみましょう。

仏行寺の「源太塚」

(写真:仏行寺の「源太塚」)

仏行寺は、鎌倉幕府の御家人・梶原氏ゆかりの寺。

梶原景時(かげとき)は、頼朝に仕え、侍所の別当(長官)なども務めた有力な御家人。また、景時の子の梶原源太景季(かげすえ)も奥州攻めで武功を立てました。

しかし、景時は、しばしば讒言(ざんげん)で仲間の御家人を陥れて恨みを買い、頼朝の死後は鎌倉を追われ、親子共々駿河で討死しました。

本堂左横から坂を上り、墓地の奥から石段を上ると、景季の片腕が埋められているという源太塚があります。

さて、これで今日の散歩はお終いです。仏行寺の前の上り坂を奥に進み、上りきったところを左折して坂を下っていくと、梶原口のバス停まで徒歩約15分。鎌倉駅行きのバスが出ています。

*注1 山椒洞の建物は、昭和8年頃、貴族員議員、司法大臣などを務めた岩田宙蔵の別荘として建てられる。松竹大船撮影所からほどよい距離だったこともあり、昭和24年、女優・田中絹代がこの建物を岩田氏から購入し、一時期住宅として使用。
その後、昭和47年より、「らい亭」と同じ資本で、懐石料理店「山椒洞」として使用されたが、平成19年、惜しくも取り壊された。

*注2 志功は自身の作品をあえて「版画」ではなく「板画」と呼びました。

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